感染ルート
このように病原性の低いFCoVは、猫の集団内で容易に口や鼻から感染して行きます。感染を受けた猫では、腸の粘膜上皮でウイルスが増殖し、血液中には感染を受けたことを意味する抗体が認められるようになります。感染は、通常一過性で終結し、抗体価も下降します。ただし、感染が終結した後、猫は必ずしも再感染に対して抵抗性にはならないこともあるようです。
それではもう一つのバイオタイプ、FIPウイルスはどうやって感染して行くのでしょうか。実は、このウイルスは、猫から猫へは感染して行かない模様です。病原性の低い(弱毒)FCoVに感染した一部の猫の体内で、このFCoVから突然変異でFIPVが発生します。この突然変異は、弱毒FCoV遺伝子のORF3c部分が欠けることで起こります。
強い病原性を持つようになったFIPVは、体の中のマクロファージという、通常は病原体を食べてしまう食細胞の中で増殖できるようになっています、すなわち、体の防御能を逆手にとって増殖するようになり、血液中でもよく検出されるようになります。
強毒のFIPVが発生する条件ははっきりわかっていませんが、FeLVやFIVの感染がある猫では、それが起こりやすいこと、さらにFIPの発生はストレスの多い集団飼育の猫に多いことを考えると、免疫抑制を起こすウイルス感染や、集団内でのストレスが強く関与しているようです。このFIPVはわずかに糞便中にも排泄されるのですが、家の中でFIPVが次から次に猫に感染してFIPが多発するということは通常みられません。
猫はどのくらいFCoVに感染しているか
猫が複数いる家庭では、必ずと言ってよいほど、猫はFCoVに感染しているでしょう。糞便に出て口から感染するウイルスであるため、感染を防ぐことはきわめて困難です。
それでは、猫はFIPVにどれくらい感染するのか、これは感染するというより、体内でFIPVが生まれると言った方が良さそうですが、FIPという病気の発生状況を見る限り、猫にストレスがかかる最悪の条件下で、年間10%程度なのです。すなわち、FCoV抗体陽性の10頭の多頭飼育家庭で、飼育条件が悪ければ、年間1頭はFIPが発生する可能性があるということです。しかし10頭が一斉にFIPを発症するということはまずないと思われます。このことからも、FIPが猫から猫へ感染して行くことはありそうもないと言えるでしょう。
FIPという病気
FIPの発症には、強毒FIPVが体内で生まれること以外に、猫の免疫系の異常が起こることが条件であると考えられています。Bリンパ球系の液性免疫の亢進が起これば、免疫複合体が産生され、III型アレルギーによる血管炎が起こり、ウェットタイプのFIP(図15)となります。Tリンパ球系、すなわち細胞性免疫の一部に異常が起こるとIV型アレルギーによる肉芽腫性病変がリンパ節や腎臓などに作られ、ドライタイプFIPになります(図16)。その他、眼の中、脳、脊髄に病変が作られることもあります。FIP発症猫に共通した臨床所見は、発熱と食欲低下です。ウェットタイプでは胸膜炎や腹膜炎が起こり、胸水や腹水の貯留がみられます。胸水がたまった場合には、浅くて速い呼吸困難がみられます。ドライタイプの場合は、腹腔内の腫瘤(かたまり)、腎臓の変形などが特徴ですこのようなウェットタイプやドライタイプの特徴的な病気を作らずに、眼が濁ってくる前ブドウ膜炎や、麻痺などの神経症状がみられる場合もあります。
臨床検査では、軽い貧血、血液中蛋白濃度の上昇、血清蛋白の異常(ポリクローナルガンモパチー)(図17)がよく見られます。胸・腹水の検査を行うと、高蛋白で細胞数の少ない炎症性浸出液であることがわかり、無菌性混合細胞性炎症が認めらます(図18)。液体の性状は、総蛋白濃度>3.0g/dl、比重>1.017、γグロブリンの増加によるA/G比の低下が特徴的です。ドライタイプの肉芽腫病変の場合は、細胞診を行うと、無菌性好中球性炎症を伴うマクロファージ、リンパ球主体の肉芽腫反応が特徴的です(図19)。
FIPを発症した猫は、徐々に衰弱し、肝障害や腎障害を併発することもあり、無治療の場合、1-2ヵ月でほぼ全例死亡してしまいます。
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